おはようございます。
今回は投資関連についてのご報告です。
今回は、投資について書いていきます。
今回はファイヤーについて少私見を述べたいと思います。
ある程度の年齢になって会社でのポジションが定まり、ややもすればそこから爪はじきにされそうになって初めて、過去にそういった瀬戸際に立たされた人の気持ちがわかるようになりました。
組織とは何か?
社会とは何か?
少し朧気ではありますがその正体を認識できるようになった事は私にとって不幸なのか幸福なのか?等など考えたりもします。
人が生き死ぬまでの一生にかけて気づける環境認識は限られています。
それが悲しみ(人の大半はこれですが)なのか、喜びなのか、はたまた善悪をとおりこした高揚感なのかはわかりません。
だが、そのほとんどを自分が観客席で眺めていたいのか?映写室で古びた機会を回していたいのかは、人それぞれでしょう。
人はパンにてのみ生きるにあらずとお話されました。
然り
ただパンがなくては生きられない構造にお生ませなさった神は、パンが必要なのも理解なさっているはずです。
社会が課した労働という名の枷をファイヤーが壊すのなら、果たしてその試みを神は許されるのでしょうか?
ここのところそんなつまらない空想にとらわれる毎日です。



0 件のコメント:
コメントを投稿